見ざる聞かざるの個人開発
最終更新日: 2021-03-25
近頃、本を以前ほど読まなくなった。
ネットでの情報収集も昔ほどマメにやらない。
読む時間がない。情報を集める時間がもったいない。
今は自分の個人開発や仕事に時間を注いでいる。
ひとりで何かを作っているだけで、それでいいのだ。
こうしてテキストを書いているときもそのひとつだ。
歳のせいかもしれないけれど、他の人が書いていることや言っていることとか、もはやどうでもよくなった。
特に、人に成功方法を教えるような本やインフルエンサー気取りの人の話は本当にどうでもいい。
自分で考えて行動した方がよいのだ。
ときどき非効率的で遠回りな選択をしているのかもしれないけれど、選んだことへの納得感を大切にしたい。
ただの錯覚にすぎないかもしれないけれど自分で生きている気がする。
特に個人開発については他人の意見や感想なんてほとんど役に立たないというのが私のやってみての感想だ。
僕はこうして成功しましただとか、これはやらない方がいい、などやたらと指南したがる人が多いけれど、そんなものはその人がたまたまうまくいっただけの話であって同じことが別の人に当てはまるかどうかはわからない。
SNSを見ているとたくさんそういう手合いによる発言が流れてくるのがわかる。そんなのは片耳と半目で適当に聞き流すくらいがちょうどいい。
たとえば、これは個人開発に限らずだけど、プロダクトを作るときはひとつに集中してやりきったほうがいい、ということをいう人がいたとする。
ときどき出てくる意見だし、正しそうに聞こえる。
しかし自分の場合は違う。当てはまらない。
私は今、五つの案件を同時に並行して進めている。それでいて、苦にならないし快適なのだ。
たしかに、ひとつに集中するよりはそれぞれの進み具合が遅くなることがあるのかもしれない。
ただ、私の場合あまり集中力が持続しないほうで、ひとつのことに長く集中していることができない。
無理に集中したとしてもかえって非効率になってしまうのだ。
それならば、ある程度の時間がきた時点で休憩を挟みつつ、違うことに取り組んだ方がいい。
人それぞれなんだ。結局は。
自分のやり方や勝ちパターンは自分で模索していって、手に馴染むものを見つけるしかないんだ。
あくまでも外野の意見はただの参考にすぎないし、ならないかもしれない。
自分で考えるときの材料であったり、きっかけとしてなら外部の意見は取り入れてもいいのだと思う。
自分で考えた根拠もなく盲信してしまうのは危険だ。
目指すのは子供の頃の自分がいいだろう。
砂場やジャングルジムを前にして誰かに教わりながら遊んでいただろうか? どうしたら成功するか?なんて調べたりしないし、自分で考えて満足のいく何かを探していたはずだ。 行き着いた答えが間違っていたって構わないんだ。
生きている間なら、いつだって間違いは直せばいい。 多くのことは修正が効くし、直接的に死に至るようなことはあまりないだろう。
子供のときの遊ぶくらいの気持ちで私は私による創作活動を続けていくつもりだ。
悔いなく、残りの人生を生きよう。
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